【タブロイド出版記念】「公共」の地平、その先 〜パブリック/プライベートを接続する、市民のための手引き vol.03 〜 若林 恵(黒鳥社)×田村 大(RE:PUBLIC)

【タブロイド出版記念】「公共」の地平、その先 〜パブリック/プライベートを接続する、市民のための手引き vol.03 〜 若林 恵(黒鳥社)×田村 大(RE:PUBLIC)
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2011年に福岡の地で始まった、テクノロジーとクリエイティブの祭典「明星和楽」。

第14回/10年目となる今年は、11月7日(土)にオンラインにて「明星和楽2020」を開催しました。

10年目の節目に際し、タブロイド誌『明星和楽』を創刊。明星和楽2020のテーマ「共犯関係」に基づき、「GovTechのゆくえ」を主題に国内外の事例を取り上げました。本記事では、タブロイド誌内でも取り上げている若林 恵氏(黒鳥社)と田村 大氏(RE:PUBLIC)の対談を3記事に渡り紹介していきます。

また、タブロイド誌は国内で無料配布しておりますので、興味のある方はこちらをご覧ください。

こちらの記事はシリーズ形式です。vol.02 はこちらから。

「公共」の地平、その先 〜パブリック/プライベートを接続する、市民のための手引き vol.03〜

GovTech実現の可能性について模索する上で避けては通れないのが、「公共」をめぐる価値観の変化だ。そもそも公共的な価値とは、社会全体において多くの市民が大切だと考える価値を意味する。だが、市民生活が豊かになった結果、「社会全体にとっての大切な価値」は多様化し、個別化した市民のニーズに行政が対応しきれなくなっているのが現状だ。だからこそ、その解決の糸口として、最低限のコストで最大限のニーズに答えることが可能なGovTechに注目が集まっている経緯がある。

ならば、実際にこの国でGovTechが推し進められているのかといえば、残念ながらそうではない。なぜ民間企業と行政の協働は遅々として進まないのか。また、どうすれば良好な関係性をむすぬことができるのか。

編集者と研究者、異なる出自から未来を模索してきた2人が、公共のあるべきかたちについて、縦横無尽に語り尽くす。

今回対談を行った、若林 恵 氏(左)と田村 大 氏(右)

「政策デザイン」を汲み上げられない怖さ

田村:話が政治参画の方に寄り過ぎちゃいますけど、台湾を見ていて面白かったのが、直接民主制におけるイニシアティブ(国民発案)とレファレンダム(国民投票)(※26)です。台湾では直接民主制の基盤として、「こういう風に変えよう」というのを誰でも発案できるイニシアティブと、それが一定以上の賛同を得られると「みんなでどうするか決める」投票(レファレンダム)の機会が保障されています。みんなで何かやろうとするときには、これらを活用しようという話になるんですよ。

タピオカのストローを廃止するべきか、Uberを台湾で認めるか、といったことについて、最初の1人がみんなで議論しようと提案し、それがある程度以上の賛同を得られた上で、議論の遡上に乗るんですよね。こうした手法は、例えばさっき出た「インパクトの話についてどのくらいの人が支持しているかを見える化する」といった意味において重要だなと。

若林:そもそもの今の日本の投票制度に限界があるんですよ。イシューが複雑になりすぎてて、1つの政党とか1人の政治家がいろんな自分の問題意識を反映させるのが無理なんです。例えば、この前の都知事選でいうと、熊本の前副知事だった小野泰輔候補はITを活用した面白そうな政策を掲げているからそれは賛成なんだけど、彼に票を入れると江戸城天守再建に一票を投じたことになってしまう。この政策には賛成だけど、これには反対という風に支持する政策を切り分けられないんですよ。

NHKから国民を守る党の立花孝志が賢かったのは、政策が「NHKをぶっ壊す!」の一点突破だったから。それだとイデオロギー関係なく賛成する人が一定数いるんです。そんな、イシューの方が前景化してる状況においては、イデオロギーや政党のあり様に筋を通すことがむしろものすごく困難になってきていて、台湾みたいなイニシアティブとレファレンダムを日本の国単位でやるのは正直難しいかもしれないですが、でも、自治体レベルであればできるかもしれない。直接民主制に近い仕組みづくりを積極的にやっていける社会をつくるのは、すごく重要ですね。

田村:それこそ、自分たちが直接的にものをいえる仕組みといえば、オードリー・タン(※27)がつくった「vTaiwan(v台湾)」(※28)が真っ先に挙がりますけど、vTaiwanってイニシアティブとレファレンダムをいかにデジタル上に持っていくかという話なので、やはりポイントはその両者なんです。よくIT界隈で「v台湾が優れてるから、自分たちも同じようなことやろうぜ」という話になりがちですが、それだとあんまり意味はないんですよね。そもそもの政治参画の基本的な枠組みがないので。

若林:じゃあ「うちの自治体にも台湾みたいな政治参画の枠組みをつくろう!」という提案をいきなり議会にかけても、絶対に通らないじゃないですか。だからその手前で「どこどこのまちでこのやり方をやってみたら、意外とみんなが満足いくかたちになった」といった実績を蓄積していくしかない。そうやって県民の意識なりを醸成していったところで議会にかけて「すでに仕組みはあるしやってみるか」という流れですよね。行政が「こういう仕組みがあったらいいんじゃないか」って思いついたとき、「すでにありますよ」と少しずつかたちにしていったのが、台湾のやり方なんじゃないでしょうか。

田村:だいぶ違う話になっちゃうんですけど、佐賀県の「勝手にプレゼンFES」(※29)とか、比較的同じベクトルを向いた企画といえるかもしれません。毎年1回、知事に対して「こういう政策・企画を実現したい」というのを、誰でも直接プレゼンできるという企画ですね。必ずしも提案が採用されるわけではないんですが、意外と政策決定の良い材料になっていると聞きます。こういう機会をちゃんと設けている自治体の首長は尊敬します。

―ほかにも佐賀県には、「さがデザイン」(※29)という自らは予算を持たない代わりに外部クリエイターたちとのネットワークを持ち、縦割りの行政内部署が担当するさまざまなプロジェクトに横断的に携わる機能を持った部署があります。

田村:すごく実績を出してますよね。ただどうしても属人的になってしまうので、ほかの行政組織が仕組みとして実装するのは難しいだろうなとも感じています。

さがデザインには設立時から最近までひとりの名物部長がいて、その人が既存の縦割り組織でぎゅうぎゅうになっていた人たちを軽やかに飛び越え、外部のクリエイターとその人たちをうまく、時に多少無理やり繋いできていたんです。その人がいなくなったとき、果たしてそれまでと同様の機能を部署として持続させていけるかが今後の課題じゃないかな、と。

若林:でもそれってオードリー・タンの立場とまったく同じじゃないですか? 彼女も予算を持っていなくて、いろんな人や組織を繋ぐだけなんですよね。彼女自身、自分たちについて「この人たち使えるな。相談に行っちゃえばいいんだ」と政府内の人たちに気づいてもらうのに結構時間がかかったといってました。あとオードリー・タンも政府機関内で、2年間インターンをやってるんですよ。なので各部や政務委員の動き方を見てきた中で、自分がどういう風に立ち回るべきかがわかってきたらしい。

もちろん、彼女と同じようなキャラクターで、比肩する実力を持つ人はなかなかいないので、後継者問題は常にある。ただ、同じような役割の人を馴染ませていくプロセスと、予算をつけない、つまり利権化しないから誰ともバッティングしないというやり方は、みんな真似することはできるし、もっとモデル化するべきだと思いますね。

田村:これはさっきのデザイン政策と政策デザインの話になるんですけど、さがデザインが広告代理店的に、単にデザイン政策をやる部署になってしまうと、ほかの部門の下請けになってしまい、存在感がなくなってしまう。そうではなく、さがデザインがやるべきは政策デザインなんですよ。例えば、他部署によるプロポーザルの公募実施要項や仕様が決まる前にどこまで食い込めるのか、といったある種のシンクタンク機能をいかに発揮・アピールしていけるかが、今後は問われるんだろうなと。

そしてゆくゆくは、さがデザインがパブリックイノベーションラボみたいな位置付けになれれば、佐賀県はさらに魅力的な自治体になるはずです。

(画像:サイト「さがデザイン」)

若林:キャンペーンとか発信ありきになるのは、やっぱり広告代理店のマインドにみんな侵されすぎなんですよ。特に行政は安易に広告代理店に頼みすぎている。エコポイントとかマイナポイントとかなんて、まさに広告代理店の発想じゃないですか。これは産業振興やマイナンバーカードの普及促進なんであってキャンペーンじゃないってことが、担当の人たちはわかってないんですよ。

田村さんもいってますが、要するに、政策を政策デザインという論点から汲み上げることが実績としてなさすぎるのが怖いんです。キャッシュレスとかキャッシュバックとか、それは企業がやることだし「そのやり方古くない?」って誰も言わないところが恐ろしい。

田村:東京から福岡に移り住んでみて、小熊英二のさっきの3分類は的確だなと思ったんですよね。例えば経済産業省の人たちと話してるとわかるんですが、彼らは大企業型しか見てなくて、地元型とか残余型のことは全く眼中にないんです。東京にいたとき、それらの人たちが政策の対象になっているケースも見ましたけど、あくまでも副次的な側面として。それにそもそも東京都や霞ヶ関が新しい政策を打ち出すときに、実際にそれらの人と積極的に交流を図ろうとしている場面って見たことがないんですよ。

でも福岡では、地元型・残余型の人たちのところに入っていく市の職員がいっぱいいて、そういう人たちが「ひとりイノベーションラボ」みたいになっている。これは福岡市のすごくいいところです。でも制度になっているわけではないから、その人が異動した瞬間に終わってしまう。この「明星和楽」もそうですけど、福岡は東京なんかよりもはるかに「こういうことやるぞ!」っていうパワーとカルチャーはあるので、あとはそれをどうやって制度にしたり、言語化したりするかですね。

若林:この対談のテーマである「共犯関係」にひも付けてひとつ最後にいっておくと、僕は「調達」が今後のポイントになると思っています。1億何千万人のマスクとか、政府が調達をしなきゃいけないって局面において、今後は基本的に「みんなを使う」という方向にまずは頭を切り替えようという話です。

マスクでいえば、生産工場を見つけて発注するよりも、実は設計図とつくり方の動画を配布して、あとはそれを見た個々人が各自で自分のマスクをつくることにした方が新しかった。これも要は「アイデアの調達」ですよね。

今は行政とズブズブの出入り業者との間で共犯関係が成立してしまっているかもしれませんが、それだとコストも高くなる。例えば、暇でマスクをたくさんつくった人は、ほかの人にも余剰マスクが行き渡るように市役所に持っていけば、少し税金が優遇されるとか。そういう制度設計をすれば、意外とみんなに行き渡ったかもしれないですよね。しかもコストも安い。

そうした試みを指して、最近ではよく「オープンプロキュアメント(開かれた調達)」といわれます。行政が「調達の可能性を広げる」という発想に考えをシフトし、できるだけ多くの市民に参加してもらうことが実現すれば、さまざまなセクターとの共犯関係は自然と生まれていくはずです。

構成・文=桜井祐(TISSUE Inc.)

※26:直接民主制とは、重要事案の可否を住民投票や国民投票で決めることで、住民・国民が直接政治を行う制度のこと。「イニシアティブ(国民発案)」「リコール(解職請求)」「レファレンダム(国民投票)」の3つの原理で構成されており、このうち「イニシアティブ(国民発案)」は参政権を持つ者が立法や憲法の改正などについて発案する権利を持つこと、「レファレンダム(国民投票)」は国家の議案に対して国民が直接投票してその是非を決めることを指す。

※27:唐鳳/Audrey Tang。中華民国の政治家、プログラマー。「台湾のコンピューター界における偉大な10人の中の1人」ともいわれ、2016年8月、林全内閣の政務委員に任命され、10月に台湾の蔡英文政権において35歳の若さで行政院に入閣し、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)を務める。12歳のときにprlを学び始め、14歳で中学を中退。19歳でシリコンバレーでソフトウェア会社を起業した。

※28:「ゼロから行政府の役割を再考する」をミッションとして2012年に立ち上がったシビックテックコミュニティ「g0v(GovZer/零時政府)」によって、2015年に構築されたオンライン討論プラットホーム。市民社会と行政府の相互理解と協調を目指し、討論以外にも、提案募集や情報共有、世論調査を行うためのさまざまなオープンソースプログラムが公開されている。

※29:佐賀県を舞台に2016年から毎年開催されているイベント。佐賀ゆかりのクリエイターが自費で佐賀に集まり、佐賀県知事や県職員の前で直接、自分の実現したい企画・施策を”勝手に”プレゼンする。過去のプレゼンのいくつかには、実際に県で事業化されているものもある。

※30:佐賀県庁組織内の部署や情報を横断し、佐賀にゆかりのある多方面のデザイナーやクリエイター、コンサルタントとのネットワークを構築し、事業・施策の相談窓口として福祉、教育、産業などあらゆる部局にわたるプロジェクトにデザインの視点を導入することを目的に設立された部署。2017年度グッドデザイン賞の「グッドデザイン・ベスト100」を受賞。

対談者プロフィール

黒鳥社 コンテンツディレクター
若林 恵

平凡社『月刊太陽』編集部を経て独立。フリーランス編集者として『WIRED』日本版編集部に参画、2012年から2017年まで編集長を務める。2018年に共同設立者として黒鳥社設立。著書に『さよなら未来』(岩波書店)、黒鳥社制作の刊行物として『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』(日本経済新聞出版社)がある。

株式会社リ・パブリック共同代表
田村 大

東京大学文学部心理学科卒業、同大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。1994年博報堂に入社し、イノベーションラボ上席研究員などを経て2013 年に退職、株式会社リ・パブリックを設立。現在、九州大学・北陸先端科学技術大学院大学にて客員教授を兼任。 著書に『東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた』(早川書房)など。