プロ野球のIT化を牽引する「ソフトバンクホークス」強さの裏側 〜特集:スポーツテック最前線②〜

プロ野球のIT化を牽引する「ソフトバンクホークス」強さの裏側 〜特集:スポーツテック最前線②〜
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今もっとも勢いがあると言われる野球球団のひとつ、福岡ソフトバンクホークス(以下、ホークス)。日本一を勝ち取った2018年のレギュラーシーズン中、福岡県におよぼした経済効果は500億円を超えるとも言われている。

そんな絶好調のホークスの強さの理由は一体なんなのか。他球団と比較して気付いたのはテクノロジー導入の早さだった。

ホークスは12球団の中でもっとも早く2009年にiPhoneを、2011年にiPadを全選手に配布して試合の分析や日々のトレーニングに活用。さらに昨年には「野球選手トラッキングシステム」というAI分析ツールを採用したとことでも話題になった。

その結果、当然、導入による効果が全てではないが、圧倒的な強さの理由のひとつと考えられるだろう。

このように、プロ野球界でいち早くテクノロジーを導入し実績につなげてきたホークスは、どのように最先端の技術を使いこなしているのか? 福岡ソフトバンクホークス球団統括本部のチーム戦略室に話を聞いた。

リサーチ力とフットワークの軽さで効果的なツールを導入する

まず話を聞いたのはチーム戦略室の室長代行である須山晃次さん。

ホークスがほかの球団よりも早い段階でさまざまなテクノロジーを採用し、結果を出し続けている背景には、徹底した情報収集と、必要と判断したものをスピーディに試していくことができるフットワークの軽さがあるという。

「テクノロジーが進んでいるメジャーリーグでの取り組みやスポーツテックのトレンドには常にアンテナを張っています。場合によっては現地の関係者に話を聞きに行くこともありますよ」(須山さん)

採用したツールは現場の声を参考に、より選手やコーチが使いやすくなるよう何度も改善が繰り返されるそうだ。実際に活用されているツールのひとつである、関係者専用のアプリを見せてもらった。

情報を集約させたアプリケーションの活用

アプリ画面を開くと表示されるメニュー画面。シンプルなデザインで分かりやすく、日ごろからスマートフォンを使っていれば初見でも直感的に操作ができるような導線がつくられている。

「選手が使うものは使いやすさ・目的の情報にたどり着くまでの手数の少なさが大切。UI・UXにはかなりこだわっています。見たいページまで行くのに何度もクリックやタップを繰り返すようだとどうしても見なくなるし、通信の遅さやアクセスしにくさがあると使われなくなってしまいますから、そこには気を付けています」(須山さん)

このアプリには、試合の動画やデータ以外にも、練習メニュー、試合や選手育成などの各種レポートやチームの予定表など、さまざまな共有資料がまとまっている。

アプリ内の予定表では、遠征場所やそこまでの飛行機の時間や便名、ホテルの場所まで確認できるそうだ。

今までは各ツールがバラバラに存在していたので、それぞれにログイン情報が必要だったり、その都度マネージャーが紙に印刷したものを配布して説明していたという。この専用アプリに情報がひとつにまとまったことで、多くの選手が活用するようになったそうだ。

また、アプリ内ではチーム内外の過去試合映像が見られる。しかも日時や対戦相手、打者や投手、結果別にタグ付けしてあるため、見たい試合やシーンを簡単に検索できるのだ。検索タグも選手の要望を聞いて随時追加している。

従来であれば、資料室の大量の資料の中から観たい試合の動画が残っているかを確認し、もしあったとしてもDVDを早回しして該当のシーンを探す……といった工程が発生する作業。しかし今では片手で検索してすぐに確認できる上、試合が終わったらすぐに試合の映像がアップされるので、選手たちは試合後のロッカールームや帰りのバスの中から今日のプレーを振り返ることができるのだ。

「プロ野球選手って年の半分くらいは遠征なんです。移動中や遠征先でもiPhoneやiPadで気軽に見られるので、データを重要視する選手はかなり使っています」(須山さん)

最先端のツールも、ただ導入しただけでは浸透しない。選手やコーチのニーズに寄り添い改良し続けたことで、チームにとってなくてはならないものとなった。

データを分析して伝える役割の重要性

ただ、テクノロジーを取り入れることでさまざまなデータが参照できるようになっても、それだけで競技力が格段に上がるわけではない。実際のトレーニングや戦術に生かすためには、データを読み取り、分析する必要がある。

そこで重要になってくるのが「アナリスト」と呼ばれるデータ分析のプロだ。その役割について、ホークスのデータ分析担当ディレクターである関本塁さんに話を聞いた。

「一般的にアナリストといえば単にデータを解釈・分析する人を指します。ただ、野球チームの場合、届ける先は選手になるため、単に分析するだけではなく、分析結果から得た情報を選手に届くような形にして伝えるまでが仕事です」(関本さん)

例えば、球場に導入されている『トラックマン』というシステムでは、もともとスコアブックやチャート表に手でつけていた球速や球種、配球などの情報に加え、今まで計測できていなかったリリースポイント、回転数、軸や変化量などの多くの新たな情報も自動的に数値化し、データとして蓄積する事ができる。

「こうしたインプットは新しいテクノロジーでできるようになりましたが、そのデータを読み取り、選手やコーチに向けた形で情報をアウトプットするのはアナリストの役目です」(関本さん)

テクノロジーを取り入れたことで、今までは感覚に頼っていたことも数値化できるようになったが、その数値を読み取り判断するのは高い技術や鋭い感覚、判断力のあるプロのアナリストの仕事だ。審判についても同じことが言えるという。

「従来は審判の主観が強かったですが、線を出る・出ないといった機械で記録できることについては、当然テクノロジーを導入するべくしてしていますよね。野球において、ストライク・アウト・セーフが正しくなければそれば競技とは言えません。

しかし、例えば6月に行われたサッカーW杯の決勝トーナメントで、意図的ではないが腕に当たったボールがハンドと判定されるということがありました。

この場合はサッカーの新ルールに則ってハンドと判定されましたが、この例のように映像を見ると確実に手は当たっている。その上で『これは不可抗力じゃないか?』と、判断するのが今後の審判の役目なのではと考えさせられました」(関本さん)

ツールを用いた公平・公正な記録を踏まえて審判が判断する。そうすることで選手も安心してプレイできるし、観戦するファンも正確な情報が分かった上で判断を受け入れられるだろう。

テクノロジーに期待するもの

今後、ホークスのようにテクノロジーの活用を推進する球団は増えていくだろう。そうなったとき、野球界にはどのような変化がもたらされるのか。

「最先端の技術を使ったデータ記録や正確なジャッジで、選手が楽しくプレーし続けられればいいし、ファンが熱狂し続けられる環境を高められるといいと感じています。

ホークスに所属している以上ホークスが勝つことは大切ですけれど、野球自体が盛り上がっていないと勝つことにも意味がない。ですから、テクノロジーを活かして、野球をさらに楽しいものにしていけたらと思っています」(関本さん)

ホークスの強さの裏側に見えたものは、最先端のテクノロジーの力だけではなく、その新たな技術を活用してチームを支える人々の姿だった。

今シーズンはSMBC日本シリーズ3連覇を達成。来シーズンも大いに野球界を盛り上げるに違いない。

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