※2020年4月6日に公開した記事ですが、リライト記事に必要な文言等を追記、その他の部分も修正して2020年4月6日(同日)に再度公開いたしました。
コロナウイルス感染拡大を防ぐため、各業界でリモートワークや大人数が集まるイベントの自粛など早急な対応が求められている。人がリアルに集まらなくても社会活動が回る基盤が、世の中に必要になってきた。そんな環境下で、福岡を拠点に水産業で新たな取引のカタチに挑戦する次世代起業家に話を聞いた。
福岡スタートアップカルチャーが産んだ次世代特集は、福岡スタートアップで働く若手メンバーにスポットライトを当て、彼ら彼女らは何を考えスタートアップで挑戦を決めたのか? そして、この先の未来をどのように見据えているのか? を探っていく。
第3回目は、官民共同のスタートアップ創業支援施設「FUKUOKA GROWTH NEXT(フクオカグロースネクスト)」入居企業で、水産業の分野でプラットフォームビジネス「Marinity(マリニティ)」のリリースを予定する株式会社ベンナーズ代表井口 剛志さんにお話を伺う。
高校で渡米し、大学卒業後に帰国。商社の内定を蹴り起業
井口さんのプロフィールを教えていただけますか?
福岡の高校を中退してから、アメリカに留学しました。そのままアメリカの大学に進学し、アントレプレナーシップ(起業家精神)を専攻して、社会起業家(社会の課題を事業で解決する人たち)について学びました。同じ専攻の学生は、自分で起業しようとしている人が多かったですね。
帰国後は内定をもらった大手商社で働く予定でしたが、転機となったのは、大学3年生の後半にプラットフォーム戦略の講義を受けたことです。私の祖父母が水産業に従事していたこともあって、以前から水産業界に対しての関心はありました。そこでプラットフォームビジネスの可能性と水産業界との相性の良さを知って、内定を辞退して水産業界で起業する道を選びました。もともといつかは起業する目標で、何年か会社員で経験を積んで、と考えていたんですが、まずやってみることが一番の修行になると考えたんです。
九州で1年に17%の漁師人口が減っている
日本の水産業にはどういった課題があるのでしょうか?
遠洋漁業のマグロ漁船などの漁師は年収500万円から600万円ですが、沿岸漁業の漁師に関しては200万円くらいといわれています。収入としては厳しいと思います。実際それが原因で、漁師の人口は年々減少傾向にあるんですよ。2017年から2018年の1年で、九州で17%の漁師人口が減っています(※)。現存している漁師のほとんどが60歳以上なので、このままだと日本から漁師がいなくなってしまう。そうすると、日本で水揚げされる魚が食べられなくなる可能性もあります。
※ 漁業就業者数は3万6,984人で、5年前に比べ7,595人(17.0%)減少
もうからない原因とは?
漁師がもうからない原因の一つに、売り手側に価格の決定権がないことがあります。現状の漁師の手取りが決まる仕組みは、釣った魚を仲卸しに持って行って市場で競り落とされた値段から手数料を引いた金額が、漁師の手元に残る構図になっています。市場は、法律で漁師が捕った魚を必ず荷受けしなければならないという決まりがありますので、出したい物は拒めないのですが、いくらになるかはわからないというのが現状です。
「それって中抜きでしょ?」立ちはだかる壁。
「Marinity」を利用するメリットは?
Marinityは、売り手の魚の産地と、買い手のバイヤーをつなぐプラットフォームです。基本的に売り手側が値段を決める仕組みです。オンライン上で相互に情報を受発信できるようにすることで、全国の水揚げされる魚の情報の不均衡制をなくします。例えば、東日本で水揚げがあったのに、西日本では水揚げがない場合には、西日本のバイヤーに売った方が儲かるケースがあると思うのですが、そうだとしても現状の取引は、今まで付き合いがあった近隣の市場に売ってしまうことがあります。背景に、取引がそもそもなく、情報を発信するすべがないという現状があります。Marinityは、その需要と供給のギャップを埋めていく仕組みです。
よくビジネスモデルの話しをすると「それって中抜きでしょ?」といわれるんです。水産業界は、漁師さんから消費者の方に届くまで多いときで7つの中間業者が入っていることもあります。「中間業者の部分をショートカットしてつなげるんでしょ?」っていわれるんですが、ショートカットしてつながることもありますし、市場の方が売り手になったり、買い手になったりすることもあるんです。
海には様々な有機体が存在し、それぞれが相互に作用しあって生態系が成り立っています。これらの有機体は微生物から海藻、大型動物にまで及び、海洋生物学ではこれらの集合体をマリンコミュニティと呼びます。
日本の水産業界にも漁師を始め、漁協、市場、仲卸等様々なプレイヤーが存在し、それぞれが各々の役割を果たすことによって、今の水産業界は成り立っています。各々が持つ能力・機能を最大限に活かせる仕組み・コミュニティを作りたいという思いから、Marinityは生まれました。
(流通の各段階のプレイヤーそれぞれに機能や役割があり、それらを最大限活かせる様な仕組みを作れば、水産業界はより豊かになるというのがMarinityの考え方。資金調達はエンジェル投資家の方やベンチャーキャピタルなどから、すべて株式で4,500万円調達した。)
現場の非効率をテクノロジーの力で解決
「既存のプレイヤーに関わってもらうのであれば、既存の流通と変わらないのでは?」と思われることも多いのですが、従来の非効率な部分をテクノロジーの力で解決していくことに介在価値があると思っています。彼らは今、電話とファックスでやりとりしているのですが、ここをシステム化するだけでも、今まで取りこぼしてきたデータが言語化されます。そのデータが活用されることにより、新たなビジネスが産まれる可能性も秘めています。
実はそういった方々も、LINEは使っていて、テクノロジーとは全く無縁ではないんですよ。慣れていないだけなんです。慣れてもらうために、プラットフォームを利用する価値を見いだしてもらわないといけない。価値とは、機能面だけではなく、プラットフォーム内のネットワークの規模ですね。
(Marinityは、既存会員の方々に向けたクローズド版を今春からスタートする予定。産地は西日本エリアの中国・四国・九州の5社、買い手は関東圏の3社。2020年内に流通総額3000万円/月達成を目標としている。)
漁業で年収1,000万円が叶えば、若い人が漁業に戻ってくる
成功事例はありますか?
岡山の笠岡で水揚げされるイカでスミイカの事例です。今までは岡山の市場で1キロ当たり300円前後で売っていました。そのスミイカをMarinity上で関東圏のお寿司屋さんのチェーンに販売したところ、1キロ当たり600円まで価格が上昇したんです。その分運賃もかかるんですが、岡山の市場で売るよりも利益が出ています。スミイカの豊洲市場での平均相場が1,800円くらいといわれていて、バイヤーも1キロ1,200円も従来より安く仕入れることができるのでWin-Winな関係です。
岡山の笠岡市漁港では、ほとんど既存の市場に出さずに自分たちで値段を決めて、開拓した先に販売しています。結果、年収が500万円〜600万円くらいあるそうなんです。全国の漁師の年収として、まずベンチマークとして置きたいのは岡山の笠岡市漁港の方々の年収500万円〜600万円くらいで、Marinityを利用することでさらに高い1,000万円を目指して欲しいですね。1,000万円の収入があれば「俺、漁師なりてぇ!」っていう人が増えると思うので。
(Marinityが目指すのは、沿岸漁師が年収1,000万円になる世界。)
ノルウェーでは水産業の平均年収は2,000万円といわれています。日本の魚は魚種が豊富にあり、現状、ノルウェーのようには十分に輸出できていないことを考えるとまだまだ伸びしろがあると思います。
法改正も追い風に
今やることに、追い風になるものはあるんでしょうか?
卸売市場法が今年の6月に改正されます。今までは卸売市場法では市場にしか物を売れず、逆に仲卸も市場からしか魚を仕入れることができなかったんです。それが改正で、市場を通り越して漁師さんから直接魚を仕入れられるように変わります。弊社のような業種にとっては追い風になると思います。
最近の活動について教えていただけますか?
農林水産省主催「INACOME(イナカム)ビジネスコンテスト」や日経新聞主催の「スタ★アトピッチ Japan」の九州予選で優秀賞をいただき、決勝大会に進出しました。福岡では、福岡市ステップアップ助成事業優秀賞受賞や、FUKUOKA GROWTH NEXTと登竜門で行われたアンダー25歳以下のピッチコンテストで優勝させていただいて。水産系のメディアにも数社取材していただいています。露出を増やすことで、水産業界が抱える課題をできる限り多くの方に知っていただいて、存在意義が伝わればという想いです。
(産地の魚を案内して、取引が発生したときが一番うれしい瞬間だと話す井口さん(右)。宮崎県の鯖の養殖業社の方(左)との一枚。)
迷ったときには取りあえずやってみる
起業に興味があるけど、まだ動けずにいる同世代の方にメッセージをお願いします。
迷ったときには取りあえずやってみるべきだと思っています。若い内は失う物がないと思いますし、福岡市の場合はスタートアップを支援するようなエコシステムが充実しているので。特に、入居しているFUKUOKA GROWTH NEXTでは、定期的に運営側の方とのミーティングがあり、フォローしてくださっています。行政の担当者や投資家、メディアの方々と出合う場をセッティングしてくださったのにも助けられました。
最後に、事業の未来への可能性についてお願いします。
水産物の流通総額はだいたい加工品も含めて3.8兆円あるといわれていますが、その内の1%も電子商取引(オンライン販売)されていないんです。そういった意味でいうとまだまだ水産業界はブルーオーシャンですね。水産業は衰退産業といわれ課題はありますが、課題が大きければ大きいほどチャンスが大きいとアントレプレナー(起業家)として捉えています。
現在、市場で値段がつかないため、捨てられている未利用魚の活用などにも取り組むベンナーズ。いずれは、Marinityで国外への魚の輸出も目指す。国際派の井口さんならではの、「日本の魚の魅力を、世界に発信する存在」として期待も高まる。
明星和楽では、今後もスタートアップで挑戦する若者たちを応援し、特集していく。